HONDA DYEING WORKS Co., Ltd.

History

 About History 

1948 長野県飯田市にて個人経営の本多染工場を操業。
1955 地域のメリヤス業界の要請に応え、岡谷市の誘致工場として本多染工(有)を設立。
その後1971に株式会社に改組。
1968 国際羊毛事務局(IWS)より全国で2番目にウールマークの加工認定工場となる。
1976 (株)ワールド向け染色が始まる。
その翌年よりイタリー糸の染色がスタートし、
イタリーヤーンメーカー(FILPUCCI、LINEAPYU etc)との技術交流が始まる。
1983 ZEGNAと技術提携し、レシピの共有によりイタリー染と国内追加フォロー体制をつくる。
ハマナカ(株)向け染色始まる。
(株)ワールドと並ぶ受注の柱に進展。
1996 世界No1のイタリーFADIS社のワインダー75錘と
メスダン社のエアースプライザー39機を導入。
1998 200t以上の収納能力を持つ自動倉庫が完成。
同時にオフコンから自動倉庫と連携したパソコンによる生産管理システムを構築。
2003 (株)ワールドのWP2構想を推進していく為、
川上の原料コントロール機能を担うべく要請を受け、ワールドグループに入る。
ZEGNA,、LOROPIANA、PUCCHI、EREDDI、MAN LEGNANO等の素材の
染色、デリバリー、ストックサービスを展開。
2013 10月15日同名の新会社を設立し、12月31日付けで本多染色工業㈱に事業を譲受け
ワールドグループから離れる。
引き続き㈱ワールドの協力工場として事業展開する。